千葉県立美術館とパラダイスエアの出会いは、2018年4月の「PARADISE AIR EXHIBITION: TRANSIT」展に遡ります。以前から日本を代表するアーティスト・イン・レジデンスが千葉県松戸市を拠点に活動していることは度々耳にしていました。千葉県立美術館で勤務を開始して間もなくの頃、その活動記録を紹介する展覧会が渋谷ヒカリエで開催されていると知り、好奇心に胸を躍らせながら展示会場を訪れました。これが交流のはじまりです。以降、共同事業の可能性を探るミーティングを重ねました(蓋を開けてみれば、すでに面識のあった方々はいたわけですが、その時はパラダイスエアの一員として認識していませんでした)。

そして、2018年11月、千葉県立美術館を会場に、共同企画の第一弾として「アリシヤ・ロガルスカ:闇に唄えば」展(2018年11月20日-12月2日)を開催しました。本展は、この年のロングステイ・アーティストとしてパラダイスエアに滞在したアリシヤ・ロガルスカの映像作品4点を展示する試みです。最初期から近年にいたる作品を紹介し、表現方法や対象の変化とともに、現在の関心ごとや、作品に通底する作家の一貫した社会への鋭い眼差しをお見せできるように努めました。

2週間弱という短い期間ではありましたが、その意義は非常に大きく、作家にとっては日本での本格的な初展示であり、美術館にとっては現存海外作家を紹介する初の試みでした。千葉県立美術館とパラダイスエアの記念すべき「初」共同企画であるこの展覧会は、まさに初づくしの歴史的な(と形容すると仰々しいでしょうか)プロジェクトであったと言えます。

会場となったのは、美術館の中心に位置する第7展示室です。高い天井と荒いコンクリート壁を特徴とするこの広い空間に、展覧会開催中、《ブロニュフ・ソング Broniów Song》(2012年)の歌声が響きわたりました。本作品は、豊かな民族音楽の伝統を誇るポーランド中等部マゾヴィアの田園地帯を舞台とした、歌とパフォーマンスの映像です。異国情緒と郷愁が入り混じるそのリズムは、展示室の中庭に面した窓から差し込む陽の光と合わさることで、厳粛だけどどこか心地よい、さながら中世の教会のような雰囲気を硬質な展示空間に与えていました。

作品に登場する歌い手が民族衣装に身を包む姿は、一見すると牧歌的な印象を与えるものです。しかし、その歌詞に目を向けると、この印象が誤りであったことに気付きます。歌詞が反映するのは、郷愁や穏やかさとは程遠い、その土地の人たちが現在直面している社会的・経済的な苦境です。この土地は、民族音楽の伝統によって広く知られている一方で、現在、高い失業率という社会問題をかかえています。作家は、本作品をブロニュフという小さな村出身のフォークソング・グループと共同で制作することにより、民族音楽の伝統が生み出す好意的なイメージとともに、ともすれば、その歴史の影に覆い隠されてしまう現今の問題を対比的に映し出そうと試みました。その対比が作品に緊張感を与え、その緊張感が、優れない天気模様、寒々とした風景、歌い手のやや硬い表情によって強調されます。また、画面に安定感を与える左右対象の構図は、一方で、現代の日本にも通じる社会の閉塞感を象徴しているように見えました。

展覧会を振り返って強く印象に残っているのは、作家の社会をとらえる真摯な眼差しと、社会を真正面から捉えようとする誠実な態度です。これは展示作品すべてに一貫するものです。アリシヤは、ある社会問題に対して独善的な答えを一方的に押し付けることはしません。現在という「地」に足をつけ、現地の人々との生活/対話のなかで彼らの生の声を掬い上げようと試みます。登場人物の声や態度には、そのため、矛盾やユーモア、アイロニーが随所に垣間見られます。実際に、彼らは決して好ましくない現状を訴えたり、悲観的な未来の姿を想像したりする反面、どこかその状況を静かに受け入れているように見えます。その姿は達観というよりも諦観に近く、ここに社会の「真実」 が透けて見えるのです。資本主義、ポスト資本主義、移民問題(アリシヤ滞在中の2018年11月2日、日本でも出入国管理法改正案が閣議決定されたことは記憶に新しい)、ジェンダーといった現代の社会問題に焦点を当て、未来の社会の可能性を探るアリシヤの社会彫刻は、プロジェクトに参加した人たちだけでなく、作品を目にするあらゆる国の鑑賞者が、自身の生きる社会そのものを問い直すことを可能にする作品だと言えるでしょう。

美術史研究者としてアートに接する際には、常々、歴史という「過去」から現在にいたる縦軸を鑑賞/参照/評価/批評の一基準にしてきました。これは美術館の活動にも当てはまるものです。これに対してパラダイスエアは、「現在」の松戸を中心に世界へと広がる横軸のネットワークを構築し、そのなかで活動しています。

今回の共同企画は、まさに、縦軸(美術館)と横軸(パラダイスエア)の交差点に位置するものです。それは、過去と現在を結び、現在から未来へと向かう無限の可能性を秘めたプロジェクトと言えるでしょう。その初の試みが、現代社会と真摯に向き合い、未来の可能性を探るアリシヤの展覧会であったことは、なかば必然であったのかもしれません。